チャンピックスと仲間の力で18年間の喫煙を卒業 - 渡辺めぐみの禁煙記
看護師が喫煙者だと聞いたら、驚きますか。実は、医療従事者の中にも喫煙者は少なくありません。患者さんに「タバコはやめましょう」と指導しながら、自分は休憩室でタバコを吸っている。その矛盾を18年間、抱えて生きてきました。
私は渡辺めぐみ、41歳。横浜市内の総合病院で看護師として働いています。内科病棟の主任を任されて3年目。夫と小学4年生の息子との3人暮らしです。
タバコを吸い始めたのは看護学校の2年生、23歳のときでした。実習のプレッシャー、勉強の負担、人間関係のストレス。同級生に誘われて吸った一本のキャスターマイルドが始まりでした。看護学校を卒業して病院に就職してからは、夜勤のストレスも加わり、タバコの本数は右肩上がりに増えていきました。
病院で働いていると、タバコの害を誰よりもよく知ることになります。肺がんで苦しむ患者さん、COPDで酸素ボンベが手放せない患者さん、心筋梗塞で運ばれてくる患者さん。その多くが喫煙者でした。ベッドサイドで「先生にタバコやめろって言われたけど、やめられないんだよ」と打ち明ける患者さんに、「お気持ちはわかります。でも、お体のために頑張りましょう」と言いながら、自分のポケットにはタバコの箱が入っている。あの罪悪感は、言葉では表しきれません。
何度もやめようとしました。看護師としての知識があるだけに、タバコの害は頭では完璧に理解しています。でも、頭でわかることと、体が欲することは別物です。夜勤明けの疲れ切った体に、タバコの一本がどれだけ救いになるか。12時間以上のシフトを終えて、更衣室のロッカーの前で着替えながら「今日こそ最後の一本にしよう」と思いながら火をつける。その繰り返しでした。
決定的な出来事は、担当していた患者さんとの会話でした。60代の女性、末期の肺がんでした。穏やかな方で、私によくこう話してくれました。「若い頃はね、タバコが格好いいと思ってたの。やめようやめようと思いながら、結局やめられなかった。今になって後悔してるわ。めぐみさん、あなたはまだ若いから、間に合うわよ。」
その患者さんが亡くなった日の夜、私は屋上の喫煙所でタバコを吸いながら泣きました。あの方の言葉が頭の中で繰り返されていました。「あなたはまだ間に合う」。このまま吸い続けたら、いつか私もあのベッドの上で同じ後悔をする。
翌週、院内の禁煙外来に相談しました。同じ病院に禁煙外来があるのに、18年間行かなかった自分が恥ずかしかった。担当の先生は私が看護師だと知って、「知識があるからこそ苦しかったでしょう」と言ってくれました。その言葉に救われました。
チャンピックスが処方されました。看護師としてこの薬の作用機序は知っていましたが、実際に自分が服用するのは初めてです。ニコチン受容体の部分作動薬として、タバコへの欲求を減らし、吸ったときの満足感を抑制する。理屈はわかっていても、果たして自分に効くのかという不安はありました。
服用を始めて1週間、禁煙開始日を迎えました。朝、いつものように目覚ましを止めて起き上がる。タバコに手を伸ばそうとして、止める。代わりにチャンピックスを飲む。この新しいルーティンに体を慣らすのに、数日かかりました。
最初の壁は夜勤でした。12時間の長いシフト。深夜3時、患者さんの急変対応が続いた後、ナースステーションでカルテを書きながら、タバコが吸いたくて震えました。チャンピックスが効いているとはいえ、極限のストレス下では欲求が強烈に湧き上がります。そのとき、同じ病棟の後輩看護師の美香が「渡辺さん、大丈夫ですか?」と声をかけてくれました。
実は、禁煙を始めたことを病棟のスタッフに公表していたのです。先生のアドバイスで、「周囲に宣言することで、吸いにくい環境を作る」という戦略でした。同僚たちは温かく応援してくれました。「タバコ吸いたそうな顔してたら声かけますね」と言ってくれた美香の存在は本当に大きかった。
二つ目の壁は、夫との晩酌でした。横浜の自宅のベランダで、夫とビールを飲みながら過ごす時間が好きでした。みなとみらいの夜景を眺めながらの一服は、至福のひとときでした。禁煙を始めてからも晩酌は続けましたが、最初の1ヶ月はビールの代わりにノンアルコールビールにしました。アルコールが入ると禁煙の意志が揺らぐことを、看護師として知っていたからです。夫も付き合ってノンアルコールにしてくれたのは嬉しかった。
三つ目は、意外なところに潜んでいました。横浜中華街に食事に行ったとき、食後の一服が恋しくなったのです。中華料理の濃厚な味の後のタバコは最高でした。でもその日は、食後にお茶を何杯もおかわりして、デザートの杏仁豆腐をゆっくり味わうことで乗り越えました。食後の習慣を「タバコ」から「甘いもの」に置き換えたのです。
チャンピックスの12週間のプログラムを終えた頃には、タバコへの欲求はほとんどなくなっていました。副作用としてあった軽い吐き気も、2週目以降は気にならなくなりました。
禁煙から半年後、ある出来事がありました。入院患者さんに禁煙指導をしているとき、「先生は吸わないからわからないよ」と言われました。そのとき、初めて胸を張ってこう答えました。「私も18年間吸っていました。でも、やめられました。あなたにもきっとできます。」
患者さんの目が変わりました。「本当に?」と聞かれ、「本当です」と答えたとき、看護師として新しいステージに立った気がしました。自分の経験が、患者さんの力になれる。禁煙したことで、看護師としてもレベルアップできたのです。
体の変化は顕著でした。夜勤明けの疲労回復が早くなった。患者さんの体位変換などの力仕事で息が切れにくくなった。肌の調子がよくなり、同僚から「何か始めた?」と聞かれるようになった。看護師としての体力と健康は、患者さんのケアの質に直結します。禁煙は自分のためだけでなく、患者さんのためにもなりました。
息子の変化も嬉しいものでした。「お母さん、最近いい匂いがする」と言われたとき、タバコの匂いを子どもにさせていたことへの申し訳なさと、もうそれがなくなった安堵で胸がいっぱいになりました。
経済的な効果も実感しています。1日1箱500円として、月15,000円、年間18万円。禁煙で浮いたお金で、息子と一緒にスイミングスクールに通い始めました。タバコを吸っていた頃には考えられなかった運動です。水の中で全力で泳いだ後のすがすがしさは、タバコの一服とは比べ物にならない快感です。
禁煙して1年。あの患者さんの「あなたはまだ間に合う」という言葉が、今も私を支えています。間に合いました。あの方が命をかけて教えてくれたことを、私は無駄にしませんでした。
医療従事者で喫煙している方、知識があるからこそ自分を責めてしまう気持ちはよくわかります。でも、自分を責めるのではなく、チャンピックスという味方の力を借りてください。そして、禁煙に成功した経験は、必ずあなたの仕事に活かされます。
横浜の港を吹き抜ける風が、今はただ心地よい。タバコの煙で遮られていた風の味を、やっと知ることができました。18年間の遠回りでしたが、ここにたどり着けて本当によかった。