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ニコチンガムで34年の喫煙習慣を断った男 - 佐藤武の禁煙勝利記

1 min read Updated March 29, 2026

57歳にして禁煙に成功した。34年間、毎日タバコを吸い続けてきた男が、です。周りの人間は信じられないという顔をしました。正直、自分でも信じられませんでした。

私は佐藤武。札幌で建設会社の現場監督をしています。北海道の冬は厳しい。マイナス10度の現場で、かじかむ手でタバコに火をつけるのが日課でした。寒さの中で吸うタバコは、不思議と体を温めてくれる気がしていました。もちろん、実際には血管を収縮させて逆効果なのですが、そんなことは考えもしませんでした。

23歳のとき、建設現場で働き始めた初日に、先輩から「おい、一服するぞ」と声をかけられた。それが34年前の始まりです。当時の建設現場は、タバコを吸わない男の方が珍しかった。ハイライトやセブンスター。私はずっとセブンスターでした。あの重厚な味わいが好きでした。

最盛期は1日2箱半。現場仕事は体を使うので、休憩のたびにタバコを吸い、昼食後に吸い、現場が終わった後に一服し、帰宅して晩酌しながら吸い、寝る前に最後の一本。数えたことはありませんが、50本近く吸っていた時期もあったと思います。

妻には何度も「やめて」と言われました。息子と娘にも「お父さん臭い」と言われ続けました。でも、やめられなかった。何度か挑戦しましたが、いつも現場のストレスと付き合いのプレッシャーに負けました。

すべてが変わったのは、孫の誕生です。

娘の真由美が昨年、第一子を出産しました。初孫です。病院で初めて孫を抱いたとき、小さな手が私の指を握った。その瞬間、言葉にならない感情が湧き上がりました。この子が大きくなるのを見届けたい。この子と一緒に雪だるまを作りたい。入学式に出席したい。この子のために、もっと長く生きなければならない。

同時に、恐ろしいことに気づきました。私のジャケットからはタバコの匂いがする。この小さな命を抱きながら、有害物質がしみ込んだ服を着ている。三次喫煙という言葉を聞いたことがありました。タバコの煙が付着した衣類や髪から、周囲の人に有害物質が移ること。この子に、そんな危険を及ぼしているのか。

病院の帰り道、コンビニでニコレットのニコチンガムを買いました。禁煙外来に通う時間がなかったのと、以前パッチを試して肌がかぶれた経験があったので、ガムを選びました。

ニコレットのクールミント味。最初に噛んだとき、普通のガムとは違うピリッとした刺激がありました。説明書の通り、ゆっくり噛んで、ピリッとしたら頬と歯茎の間に挟む。この「噛んで止める」を繰り返す。最初は違和感がありましたが、すぐに慣れました。

禁煙1日目。朝、タバコに手が伸びそうになったところでニコチンガムを口に入れた。数分後、少し気持ちが落ち着いた。「いけるかもしれない」と思いました。しかし、甘い考えでした。

現場に出ると、休憩時間に周りの職人たちが一斉にタバコを吸い始める。あの匂い。あの煙。34年間、自分もその輪の中にいたのに、今は外から見ている。疎外感と渇望が同時に押し寄せてきました。ガムを3個立て続けに噛みました。

最初の1週間は、1日に10個以上のニコチンガムを噛んでいました。推奨される最大量ギリギリです。顎が痛くなるほど噛みましたが、タバコを吸うよりはましだと自分に言い聞かせました。

2週目、最大の危機が訪れました。現場でトラブルが発生し、クライアントから激しいクレームを受けたのです。以前なら、電話を切った瞬間にタバコに火をつけていました。手が震えるほどタバコを吸いたかった。ポケットに手を入れると、そこにはニコチンガムの箱がありました。ガムを口に入れ、深呼吸を繰り返し、なんとか乗り越えました。あの日を乗り越えられたことが、その後の自信につながりました。

禁煙を支えてくれたのは、妻の節子です。40年近く連れ添ってきた妻は、私の禁煙を心から応援してくれました。イライラして当たり散らしても、「禁煙のせいだから仕方ないね」と許してくれた。食事を工夫して、野菜中心のメニューにしてくれた。タバコを吸いたくなったとき用に、自家製の昆布の佃煮を小分けにして持たせてくれた。口が寂しいときに、この塩気のある佃煮が意外と効果的でした。

もう一つ、大きな助けになったのが、同い年の現場仲間の存在です。同じ会社の工藤という男が、私の禁煙を聞いて「俺もやる」と言い出したのです。二人で励まし合いながらの禁煙は、一人で戦うよりずっと楽でした。「今日も吸わなかったか?」「ああ、お前は?」「ギリギリだったけどな」。毎日のこのやり取りが、お互いの支えになりました。

1ヶ月が過ぎ、ニコチンガムの量を少しずつ減らしていきました。1日10個が8個になり、6個になり、4個になり。2ヶ月目の終わりには、1日2個程度で済むようになりました。3ヶ月目にはガムなしでも過ごせる日が出てきて、4ヶ月目にはガムを完全にやめることができました。

体の変化は劇的でした。まず、34年間ずっと続いていた朝の咳が消えました。痰も出なくなりました。階段を上がっても息が切れない。冬の寒い朝、深く息を吸い込んだときの空気の美味しさに感動しました。札幌の冬の空気は冷たくて澄んでいる。その清々しさを、タバコのフィルターなしで初めて味わいました。

味覚の変化も大きかった。妻の味噌汁がこんなに美味しかったとは。スープカレーのスパイスの複雑な風味が舌の上で踊る感覚。ジンギスカンのラム肉の甘み。札幌の食の豊かさを、57年生きてきて初めて本当に理解した気がします。

嗅覚が戻ったことで気づいたこともあります。大通公園のライラックの香り。自宅の庭に咲くラベンダーの匂い。そして何より、孫の甘い赤ちゃんの匂い。タバコの匂いを気にせずに孫を抱けるようになったことが、禁煙して一番嬉しいことです。

経済的な効果も計り知れません。1日2箱、1箱580円として1日1,160円。月に約35,000円。年間で約42万円です。34年間の喫煙で費やした金額は、考えたくもありません。浮いたお金で、孫への貯金を始めました。この子が大きくなったとき、「おじいちゃんのタバコ代が、お前の大学の入学金になったんだよ」と笑って話せる日が来ることを楽しみにしています。

禁煙から1年が過ぎました。先日、孫が初めて「じーじ」と呼んでくれました。その声を聞いたとき、禁煙してよかったという思いが胸いっぱいに広がりました。この子の成長を、健康な体で見届けたい。その思いは、今も私の禁煙を支え続けています。

建設現場のベテラン仲間にも禁煙の輪が広がっています。私と工藤に続いて、3人の職人が禁煙を始めました。「佐藤さんがやめられたなら、俺にもできるかもしれない」。その言葉を聞くたびに、誇らしい気持ちになります。

57歳のおやじでも、34年間のヘビースモーカーでも、禁煙はできます。ニコチンガムという手軽な味方がいれば、意志の力だけに頼らなくて済みます。コンビニやドラッグストアで買えるので、「思い立ったその日」から始められるのも大きな利点です。

孫のために、家族のために、そして何より自分自身のために。北海道の澄んだ空気を、きれいな肺で吸い込める幸せを、一人でも多くの人に知ってほしい。

34年間の鎖を断ち切った今、私の人生は新しい章に入りました。この章は、タバコの煙ではなく、孫の笑顔で満たされています。