禁煙外来で人生を取り戻した29年間のヘビースモーカー - 鈴木浩志の記録
29年間、毎日2箱。その数を聞いて驚く人もいるかもしれません。でも、製造業の現場で働いてきた私にとって、それはごく普通のことでした。
私は鈴木浩志、52歳。名古屋市内の自動車部品メーカーで製造課長をしています。23歳で工場に入社して以来、タバコは私の生活の一部であり、仕事の一部であり、人生の一部でした。
最初に吸い始めたのは高校3年の冬です。受験のストレスと、周りの友人たちの影響。当時はセブンスターを吸っていました。工場に入ってからは、休憩時間のタバコが当たり前の文化でした。10時の休憩、昼休み、15時の休憩。どの時間も、喫煙所に行かない選択肢はありませんでした。先輩たちと一緒にタバコを吸いながら、仕事の段取りを確認したり、機械のトラブルの相談をしたり。喫煙所が、もうひとつの会議室のようなものでした。
年齢を重ねるにつれて、体のサインは確実に増えていきました。朝起きると痰が絡む。階段を上がると息が切れる。冬になると咳が止まらない。それでも「まだ大丈夫」「いつかやめればいい」と先延ばしにしてきました。
転機は、2年前の秋に訪れました。
工場の後輩で、私より5歳年下の男が、肺がんで亡くなったのです。彼も私と同じヘビースモーカーでした。発見されたときにはすでにステージ4。わずか半年で逝ってしまいました。彼の葬儀で、まだ小学生の二人の子どもが泣いている姿を見たとき、自分の息子たちの顔が重なりました。うちの息子は大学生と高校生。もう大きくなりましたが、まだまだ父親が必要な年齢です。
葬儀の帰り道、妻に「俺、禁煙する」と言いました。妻は驚いた顔をして、それから「今度こそ本気?」と聞きました。それもそのはず、過去に5回以上禁煙に失敗してきたからです。最初の挑戦は30代前半。「意志の力でやめる」と宣言して、3日で挫折しました。その後も、ニコチンガム、禁煙本、いろいろ試しましたが、どれも長続きしませんでした。
今回は違うやり方をしようと決めました。名古屋市内の禁煙外来を検索し、評判のよいクリニックに予約を入れました。栄にあるそのクリニックの先生は、開口一番こう言いました。
「鈴木さん、禁煙は意志の問題じゃありません。ニコチン依存症という病気の治療です。」
この言葉で、肩の荷が下りた気がしました。ずっと「意志が弱いから禁煙できない」と自分を責めていましたが、これは病気なんだ。治療すればいいんだ。そう思えたことが、大きな一歩でした。
禁煙外来では、まず呼気中の一酸化炭素濃度を測定しました。結果は35ppm。先生によると、非喫煙者は通常7ppm以下。私の肺がどれだけタバコの影響を受けているか、数字で突きつけられました。
治療プランとして、チャンピックスの処方と、2週間ごとの通院が組まれました。毎回の通院で、一酸化炭素濃度の測定、禁煙の進捗確認、困っていることの相談。この定期的なフォローアップが、私にとっては非常に大きかったです。一人で戦っているのではなく、専門家がサポートしてくれている。その安心感は絶大でした。
禁煙開始日は、木曜日に設定しました。先生のアドバイスで、週末を禁煙3日目に合わせたのです。最初の3日間が最もつらいから、仕事がない日にそのピークを迎えるように。この戦略は正解でした。
初日と2日目は、仕事の忙しさに紛れてなんとか乗り越えました。問題は3日目の土曜日でした。朝起きた瞬間から、体中がタバコを求めている感覚。手持ち無沙汰で、何をしていいかわからない。テレビを見ても集中できない。庭の手入れをしようとしても、5分と持たない。妻が気を利かせて「ドライブに行こう」と言ってくれなければ、コンビニに走っていたと思います。
最初の1ヶ月で、いくつかの大きな壁がありました。
一番きつかったのは、食後の一服ができないこと。29年間、食事の後には必ずタバコを吸っていました。食後にタバコを吸わないと、食事が終わった気がしない。この「儀式」を断つのが最も困難でした。対策として、食後すぐに歯を磨くようにしました。口の中がミントの爽やかさで満たされると、タバコを吸いたい気持ちが少し和らぎました。
二番目は、仕事のストレス。製造現場は常にトラブルとの戦いです。機械の故障、納期の遅れ、品質問題。以前なら喫煙所に駆け込んで一服することでリセットしていました。その逃げ場がなくなったとき、ストレスの行き場に困りました。先生の勧めで始めたのが、5分間の呼吸法です。目を閉じて、4秒吸って、7秒止めて、8秒で吐く。これを繰り返すと、不思議と気持ちが落ち着きます。最初は「こんなもので代わりになるか」と疑っていましたが、続けるうちに効果を実感するようになりました。
三番目は、喫煙仲間との付き合い。工場の喫煙所で一緒に吸っていた仲間たちとの関係が変わることが心配でした。案の定、「鈴木さん、付き合い悪くなったな」と言われることもありました。でも、その中の何人かは「俺もやめようかな」と言い始めたのです。私が禁煙に成功したことが、周りにも影響を与えていると知ったとき、嬉しくなりました。
禁煙外来の通院は、全部で5回。2週間ごとに先生と話すことで、小さな成功を積み重ねている実感がありました。一酸化炭素濃度が回を重ねるごとに下がっていくのが、目に見える成果でした。最後の測定では5ppmまで下がっていました。
3ヶ月を過ぎた頃から、体の変化が顕著になりました。まず、朝の痰がなくなった。これは29年間ずっと悩まされてきた症状でした。次に、味覚の変化。名古屋めしが格段に美味しくなりました。味噌カツの味噌の深み、ひつまぶしの鰻の香ばしさ。「こんなに美味しかったのか」と感動しました。妻の手料理も「最近、味が変わった?」と聞いたら、「あなたの舌が変わったのよ」と笑われました。
嗅覚も戻りました。春先に名古屋城の桜を見に行ったとき、桜の花のほのかな香りを感じたのです。52年生きてきて、桜に匂いがあることを初めて知りました。それまでタバコの煙で嗅覚が麻痺していたのでしょう。その瞬間、29年間で失ってきたものの大きさを思い知りました。
体力の回復も目覚ましいものでした。工場内を歩き回っても疲れにくくなり、休日に息子と一緒にバッティングセンターに行けるようになりました。「お父さん、意外と打てるやん」と息子に言われたときの嬉しさは格別でした。
経済的な効果も見逃せません。1日2箱、1箱580円として1日1,160円。月に約35,000円、年間で約42万円です。この金額を見たとき、29年間でいくら煙にしてきたのか計算してしまいました。考えるだけで気が遠くなる金額です。禁煙で浮いたお金で、妻と二人で温泉旅行に行きました。下呂温泉の露天風呂で新鮮な空気を吸い込みながら、「タバコなしの人生もええもんやな」としみじみ思いました。
禁煙から1年半が経った今、後輩の葬儀で感じたあの恐怖を思い出すことがあります。あのまま吸い続けていたら、次は自分だったかもしれない。今、健康な体で毎日を過ごせていることが、本当にありがたい。
禁煙外来を利用したことは、人生で最良の決断の一つでした。保険が適用されるので、12週間の治療費は自己負担で約2万円程度。タバコ1ヶ月分より安い。それで29年間の依存症を克服できたのですから、こんなにコスパのよい投資はありません。
52歳からでも遅くない。29年間のヘビースモーカーでもやめられる。禁煙外来という心強い味方がいれば、あなたにもきっとできます。
名古屋の空は、タバコのフィルター越しではなく、自分の目で見る方がずっときれいです。